モルフォ35時間ルール

※この記事は、2021年5月25日に投稿した「Morpho's 35-hour Projects」の日本語版です。

 こんにちは。CTO室のシニアリサーチャーの茶民と申します。今回の記事では、各社員が業務時間中に自身の好きなプロジェクトを行えるモルフォの取り組みについてご紹介します。

 モルフォでの就業時間は一日平均7時間であり、月の合計で約161時間となります。モルフォでは、このうち20%の時間を各々の好きなプロジェクトの進行に割くことができます。プロジェクトの内容は、モルフォの業務に関係することであればなんでも構いません。月35時間の範囲内なら何をしても良いため、「35時間ルール」と呼ばれています。本業に影響しなければ会社のリソースを利用することもできます。弊社では2018年からこのルールを開始し、初めはエンジニアとリサーチャーのみのルールでしたが、今では全社員がこの35時間ルールで自分のプロジェクトを行うことができます。

 読者のみなさんは、「あれ、これってGoogleの20%ルールと同じじゃない?」と思ったかもしれません。そうです。Googleも社員に労働時間の20%までを各々のプロジェクトに割けるようルールを設けました。しかし元々は、あのポストイットの発明で有名な3Mが始めたものでした。1948年から、3Mは労働時間の15%を独立したプロジェクトに割くよう従業員に強いています。他の会社でも似たようなルールを設けているところもあります。マイクロソフトの「Garage」、ヤフーの「Hack Day」、アトラシアンの「20%プロジェクト」、アップルの「Blue Sky」などです。

 なんだか似たようなものがたくさんありそうですね。このような企業の取り組みについて書かれたもありますので、もっと知りたい方はぜひ読んでみてください。

35時間ルールの目的

 上述した企業はそれぞれの目的がありこのような独自性のあるルールを設けました。これから、35時間ルールの目的、そして、モルフォとその従業員の取り組みによって、どんな成果が得られたか説明していきたいと思います。

 第一の目的は、イノベーションの推進です。我々はソフトウェアベンダーとしてモバイル端末向けのソフトウェアの開発に注力しているため、ソフトウェアだけを独立して売ることができません。常に新しく作られたハードウェアに合わせて製品を改修し、また長期にわたりサポートしなければなりませんので、顧客に合わせたソフトウェアを作ることに多くの時間を割いています。これでは独創性のある新しいアイデアで大きなプロジェクトを始めにくいですよね。一方、個人で行うプロジェクトならば、斬新なアイデアを最初は小さいスケールの「proof-of-concept」型で始められます。そして各々の社員が作ったプロトタイプを他の社員に見せます。このようにすれば、どんな新製品を開発すべきか、幅広い選択肢から決めることができます。企業は個々人のアイデアを引き上げ(=pull)、それに基づいて製品を作ることができるため、この35時間ルールは「Pull型プロジェクト」とも呼ばれています。

 第二の目的は、社員にスキルアップの機会を与えることです。例えばモルフォのあるエンジニアが、AI製品を作っているとしましょう。もちろんそのエンジニアは機械学習などについて詳しく、そのスキルを製品開発に役立てています。しかしそのエンジニアがCGのスキルを磨きたいと思っていても、そのまま製品開発を続けているだけでは機会がありません。ですが労働時間内で個人的なプロジェクトとしてCGを始めれば、望みは叶います。たとえ本業とは無関係でも、モルフォが損失を被るわけではありません。技術のトレンドの変化は激しく、この先に顧客からどんな要望が来るのか予測ができません。顧客から「これ作れますか?」「この問題解決できますか?」といきなり聞かれることがよくあります。もしこんなことが起きても、幅広い知識を持った社員がいれば、顧客の要望に素早く応えることができます。

 第三の目的は、面白味は無いかもしれませんが、重要なことです。労働環境や生産性をほんのちょっと改善するためにプロジェクトが行われることがあります。弊社の管理部門はより良い労働環境を提供できるよう最善を尽くしていますが、そのために購入したツールが弊社に完全にマッチしているとは限りません。たとえば、一枚の写真をアノテーションするツールがあったとして、現在使っているモノよりも数秒速くアノテーションできるツールを開発できたら、長期的に見れば数時間の節約に繋がるのです。

社内発表

 昨年、モルフォでは各自のプロジェクトの発表会を開催しました。プロジェクトを終えた社員も、まだ終わってないけれどもアドバイスやフィードバックが欲しい社員も、プレゼンテーションを行います。この発表会は社員の誰でも聴講できます。2~15分で自由なスタイルで発表できます。

今後の展望

 弊社の事業部や、事業開発部では、製品にできそうなものをピックアップして吟味しています。実際、2つのプロジェクトがすでに開発フェーズへと移っています。このルールを運用してから、同僚がどんなスキルを持っているのか皆知るようになりました。プロジェクトが面白ければ、複数人で遂行することもできます。AI系のプロジェクトではデータ収集が必須であるため、そのお願いをすることもできます。

プロジェクトの紹介

 発表会でプレゼンテーションされたプロジェクトをいくつか紹介したいと思います。これらの成果をご覧になって、読者のみなさまに新しい発想やモチベーションをご提供できれば幸いです。技術の詳細について紹介できないのは申し訳ないのですが、読んでいただければ新しい着想を得ることができるかと思います。

AIによるUSBデプスカメラ

 これは筆者のプロジェクトです。以前私は、移動中に障害物をカメラで検知して避ける小さなロボットを作ったことがあります。ロボットのコンピュータにはRasberry Pi 3 Model Bを使用しました。その時は、カメラから奥行推定をして、障害物検知を行い、ロボットにそれを避けるよう移動経路を計算させていました。現代では、数多くの単眼カメラデプス推定の研究がなされているため、Githubからすぐに動くコードを用いることができます。しかし、実際にロボットに適用してみると、全く別の問題につきあたりました。Rasberry Piがナビゲーションやデプス推定などの重いタスクにすでに計算資源を占有されていたのです。周りを見渡せば、これは私だけが直面する問題ではないでしょう。ロボットやドローンなどの小さなデバイスでは、コンピュータビジョンのタスクを処理するのに十分な計算資源がないのです。

 このような問題を解決するには2つの常套手段があります。単純な方法としては、ロボットに計算資源を増設するやり方です。しかし実際は、例えばロボットが既成製品である場合は必ずしも上手くいきません。もしくは、画像を送ってデプス推定だけ別のコンピュータにやらせることも可能です。が、ネットワークを設定する必要があり、遅くて使い物になりません。

 そこでは私は第三の方法をとりました。USBカメラからロボットに直接デプス画像を送れば、デプス推定に計算資源を割く必要がなくなるのです。USBポートとUSBカメラはたいていの小さなコンピュータでもサポートされています。そのため、カメラを様々な用途で用いることができるのです。私は、これを個人のプロジェクトとしてやってみることにしました。

 技術的な詳細は別途ブログに書く必要があるため、ここでは割愛します。端的に言うと、Rasberry Pi Zero、Rasberry Pi カメラモジュール、疑似的な監視カメラのプロトタイプを作りました。画像やデプス、またはその両方をたった一つのUSBポートを介してロボットに送信するカメラのプロトタイプを、電子部品をいくつか装着させることで製作しました。図1にハードウェアの構成を示します。図2に実際のカメラとサンプル画像を示します。

図1
図2

VRヘッドセット向け3D空間ビューワー

 これもCTO室社員によるプロジェクトです。コンピュータビジョンと動作検知の技術を統合し、Oculus Quest 2®を用いて仮想空間を作るというアイデアです。とある屋内の三次元空間をモデル化するために、約100枚の写真を撮影します。ヘッドセットに装着された向き・動きセンサーをVR空間をレンダリングするために用います。図3に、レンダリングされた3次元空間モデルを示します。3枚の写真は 撮影された写真例です。あくまでプロトタイプなので、粗く表示されているかと思います。

図3

消毒当番ボット

 この記事を書いている現在、新型コロナウイルスの感染が広がっています。これを受けて、当オフィスでも感染を予防する対策をとりました。社員がよく触れるような場所、例えばドアノブといった場所を定期的に消毒しています。通常ならば、このような作業は単純な当番制で済ませればいいように思われますが、リモートで働く社員もいれば出社している社員もおり、スケジュールがごちゃごちゃしています。おまけに、人間は忘れっぽい生き物です。そこで、このような問題を解決すべく、当番が消毒を行ったか確認するツールが必要となりました。

 社員の一人が、当番に消毒を促すようリマインドを通知する社内用リマインダーを作りました(図4)。ただの通知ボットですが、多くの社員に重宝されています。このプロジェクトの良いところは、似たような通知ボットを作成するときに、車輪の再発明のようなことをせずに済むということです。

図4

最後に

 モルフォの様々な35時間ルールのプロジェクトを紹介してきました。我々の取り組みについて少しでもご理解が進めば幸いです。

 35時間ルールはつい3年前から始まりました。会社としても、社員がプロジェクトを始めやすくしたり遂行しやすくしたりできるよう、常にルールを見直して改正しています。この取り組みにより多くのリソースを割けるよう計画中であります。

 最後に一つだけ。会社が大きくなるにつれ、独立したプロジェクトの遂行が難しくなります。Googleは、20%プロジェクトで数えきれないほど多くの製品を世に送り出し成功したにも関わらず、数年前に中止しました。言ってしまえば、大企業ほどこのような取り組みでプロジェクトが成功してもインパクトが小さいのです。もし読者のみなさまが仕事中に自分のアイデアを試してみたり、スキルを磨いたり、変わったことがやりたいなら、モルフォへの入社を検討されてはいかがでしょうか。我々は通年採用を行っております!

参考文献

[1] Ryan Tate. The 20% Doctrine: How Tinkering, Goofing Off, and Breaking the Rules at Work Drive Success in Business. Harper Business, ISBN 978-0-06-200323-2